品川OLの腰掛日記

彼氏のことや仕事のことなど

転職決まった。

本日、3月31日というキリの良い日に、唯一応募していた企業に内定を貰った。

実は今日の午前中は弊社の新卒向け採用説明会で弊社が非常に良い会社であることを力説していたわけだが、その説明会の帰り道に「内定おめでとう」というエージェントからの連絡を貰ったわけである。なんとも言えない気持ちだ。

本当のところを言えば、もう少し今の会社で働きたいと思っていたし、転職がしたかったわけでは決してない。ただ、この2年間の自らの処遇を振り返ると、正直あんまりだと思うし、こういった人生の大事な局面でリスクを取らないと後々大きな負の遺産となることは、なんとなくだが予想がついていた。今ならまだ、若さとやる気とポテンシャルの3本柱を武器に、転職というカードでもって自らの死にかけたキャリアを蘇生することが可能であると判断した私は、周囲から様々な貴重なご意見をいただいたうえで転職活動を開始した。

内定をいただいた企業については、あんまり書くことができない。強いて言うなら、エンジニアの募集でありながら最終面接でアラビア語の読解能力の有無を問われるような企業である。

転職理由は、部署に仕事がなかったからである。もう本当それ。訳が分からないだろうが事実である。本当にやることがない。不幸にも仕事のない部署に追突してしまったため、が転職理由の8割を占める。あとはちょっとしたパワハラ等嫌がらせ。ずさんな採用計画の犠牲者となったわけだ。いい加減にしろ、どうなっているんだ等言いたいことはたくさんあるが、上司の前では「すみません」しか言えない。自らの小ささを感じる瞬間である。ちなみに退職の決め手は、3月中旬に生牡蠣にアタり、一晩吐いて吐いて吐きまくった際、残っていた感情が「会社辞めたい」だったから。そのときは本当に仕事がなくて、毎日片道1時間以上かけて客先に行き、椅子に腰かけ、無意味に酸素を消費し、無意味に残業し、そしてまた1時間以上かけて帰宅するという地獄のような日々を送っていた。本当に鬱状態だったので精神科に電話して初診の予約をしようとしたら「夕方は毎日混んでて・・・」と対応されてしまった。死ぬか、無職か。東京は怖いとは聞いていたがまさかここまでとは。

4月はできるだけ有給消化に励む所存だ。新しい勤め先からは、早ければ5月からでも貴兄の辣腕をサーバールームでふるってほしいと頼まれている。そのため、短い間ではあるが、のんびりとした春を楽しみたいと思う。また、この件に関し、Twitterで励ましのリプライ、いのちの電話の推薦などしてくださったみなさんには良い結果をお伝えできてうれしい限りである。何事も結果でもって返さなければ無意味だと私は思う。次の会社では更なるテクニカルスキルの向上とアラビア語の基礎からの習得に励みたいと思う。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。